イギリスの運河ではナローボートという船を借りて、誰でも免許なしでクルーズが楽しめる。『英国運河の旅』、『イギリス式極楽水上生活』、『イギリス水辺の旅』の著者が具体的な旅のノウハウを伝授します。


by narrowboat
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「通運丸」改メ「銚港丸」

かなり前に品川の物流博物館で購入した「通運丸」のペーパーモデルが、
まだ手を付けられていなかったことを発見し、細々ながら製作を開始。
先日、ようやく完成しました。
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「通運丸」は、1877年(明治10年)に初めて進水した旅客船で、
第一号は東京の両国と千葉の銚子の間に就航、
その後、42号まで生産され、おもに東京と千葉の間を結んでいました。

両国から銚子までのルートは、
隅田川から小名木川、旧中川を横切って荒川に出ます。
荒川を横切るように進むと、今度は船堀川(新川)を使って江戸川へ。

江戸川を北上して、銚子に至る利根川に入るには関宿が分岐点なのですが、
1890年(明治23年)に利根運河が開通すると、大幅なショートカットが可能になりました。

当時は夜行船もあったようで、
利根運河の河岸には船宿が並び、置屋もたいそう繁盛したそうです。

しかし、ほどなく鉄道(現在の総武線)が開通すると、
船の需要は減退して、最終的にはすべて姿を消してしまいます。


話が「通運丸」の歴史になってしましましたが、
今回製作したこのペーパーモデルは、外輪のカバーが2種類用意されていて、
ひとつが「通運丸」、もうひとつが「銚港丸」です。
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「銚港丸」というのは、千葉県の木下(きおろし)をベースにする吉岡家が所有していた船で、
木下~銚子間を往復していたそうです。

船型がまったく同じということは、
おそらく同じ造船所で造られたものなのでしょう。

モデルをなんで「銚港丸」にしたかというと、
単にカバーのデザインがかっこよかったからです(笑)。


それにしてもこのペーパーモデル、
切る部分がやたら細かく、張り合わせも難儀で、
自他ともに不器用を認める私には苦行でした。

なんとか完成まではいったのですけど、
最後の組み立てになって、その外輪カバーのラインがずれていることが判明。
c0027849_15175178.jpg

ここまで行っちゃうともう修正不可能なので、
自らを笑い倒して諦めます。

それにしても、こんな内水航路が明治時代にあって、
東京周辺に「運河時代」が存在していたとは。

もう10年以上前ですが、「通運丸」のルートを小型ボートで旅した記録はこちら
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by narrowboat | 2016-05-07 15:19 | 日本の運河と川 | Comments(0)