トゥパス:曳船道を越えたその役割
2005年 12月 03日
ソルテイアだけでなく、イギリスの運河にはすべて側道が付いている。この道を「トゥパス」という。トゥパスの意味は「トゥ」が曳く、「パス」が小道で、船を引っ張るための道となる。東京の浅草近くに「曳船」という駅があるが、隅田川の船を曳くための道か何かがあったのだろう。
日本の場合、馬は戦闘用として武士たちに重宝されたが、船を曳いていたのはもっぱら人だったようだ。しかし馬車の伝統が長いイギリスでは馬が主流。現在残っているトゥパスは、重いワークボートを馬たちが蹄をきしませながら踏み固めた、血と汗の結晶である。
この写真はスランゴスレンにある「馬曳きボート」。
約1時間で近くを往復するだけなのだが、当時のボートはまさにこのように曳かれていたのだ。
運河から馬が消えた今でも、トゥパスにはフットパスとして重要な役割を果たしている。イギリスはウォーキング人口が多いことでも知られているが、トゥパスを歩く「カナルウォーク」はその一分野として確立されている。しかもそこは、200年前に馬とボートマンが踏み固めた「リアル」な道。歴史を感じながらウォーキングもとくれば、その役割は通常のフットパスの2倍である。
野山を駆け巡るハードなウォーキングに対して、基本的にはアップダウンがないカナルウォークはお年寄りも家族連れも楽しめる。パブも多いから休憩場所には事欠かないし、なにより運河に沿って歩いていれば自動的に目的地にたどり着けるのだから地図も不要といいことずくめなのだ。
ボーターも、トゥパスがあるからどこにでも係留できる。好きなときに好きな場所に泊められるからこそ、イギリスでは初心者でも運河の旅が楽しめる。
日本の川、特に都市河川では陸地から高い堤防で遮断され、ボーターが陸に上がることはもちろん、陸の人が川にアクセスすることもできない。日本でも、水面を航行することには許可は不要なのだが、乗り降りする場所がなければ話にならない。
最近は「水辺のアメニティ利用」とか「親水性の向上」がブームになっている。そのために何億円もかけた親水公園が建設されたりしているが、川辺に1本道を作るだけでも水への親近感は格段に向上するはずなのだ。そこへベンチのひとつも置けば、昼休みに近くの会社員が弁当を広げるだろうし、犬の散歩道にもなる。
イギリス運河のトゥパスには、ボーターやウォーカーだけでなく、地元の人たちももちろんやってくる。そこをのんびりと進むナローボートを見れば「次はボートに乗ってみるか」という気持ちも生まれるだろう。
小さな道ひとつで水辺への意識は変わる。イギリスのトゥパスは、日本の水辺を考える上で大きな参考になる小さな道なのである。
☆発行者 カナルマニアHP