イギリスの運河ではナローボートという船を借りて、誰でも免許なしでクルーズが楽しめる。『英国運河の旅』、『イギリス式極楽水上生活』、『イギリス水辺の旅』の著者が具体的な旅のノウハウを伝授します。


by narrowboat
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カテゴリ:日本の運河と川( 72 )

江戸時代、徳川幕府は江戸の食料を確保するため、物流のパイプを河川に求めた。野田のしょうゆ、銚子の海産物などは利根川から江戸川を経由して輸送されていたのだ。明治に入ると、このルートには蒸気船「通運丸」が就航。両国を出発した「通運丸」は、小名木川から江戸川、そして関宿からは利根川に入って銚子との間を結んでいた。この航路は好評を博し、それが江戸川と利根川の間の利根運河の建設につながっていく。

 c0068946_1333749.jpg 江戸、そして東京になくてはならなかった川の道。そのルートを、小さなボートで乗り継いでたどってみた。初日は東京中央区の勝どきマリーナ(写真左)から和船に乗り込み、一路松戸を目指す。「通運丸」のルートをたどるのであれば、本来なら小名木川を通るべきなのだが、現在工事中の荒川ロックゲートが完成するまで荒川に出ることができないため、豊洲運河から砂町運河、葛西臨海公園という航路を取り(写真下)、東京ディズニーリゾートの前から旧江戸川に入った。当時の「通運丸は」ここから左右の岸に設けられた船着場に立ち寄りながら北上していったそうだが、私たちは途中、江戸川閘門(写真下の下)で水位を変えた江戸川をそのまま進み続ける。地図上ではかなり距離があるようにも思えるが、勝どきから松戸まで2時間ほどしかかからなかった。c0068946_13335038.jpg
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 松戸では、防災用の船着場(写真左下)を”非合法”利用。管理する松戸市には一応使用のお願いをしたのだが、「公共の目的以外での使用は認めない」というお決まりのお役所回答で却下。そこで、「雨も降っており、これ以上進めない」というこちらも自己勝手な理論で堂々と上陸する。c0068946_13343837.jpg
 ここからも、本来ならばそのまま船で北上を続け関宿まで、もしくは流山近くから利根運河に入るべきなのだが、松戸より先は水位が低く、エンジンつきのボートでは座礁の危険が高い。ましてや現在の利根運河は、残念ながら航行できる状態に程遠い。松戸で車に乗り換え、利根川沿いの町、木下で1泊する。泊まったのは、古くから船宿として営業している「銚子屋」。こんな旅館が今でもあるんだ! という感じさえする古めかしい宿だが、舟運華やかし頃は、窓から見える利根川にも数多くのボートが浮いていたことだろう。

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 翌日は鉄道で佐原に移動後、小野川観光のボート(写真左上)に乗船。江戸時代の街並みがよく保存されている佐原の町は昨年菖蒲の時期に訪れているが、今回はそのときには乗らなかった小野川のボートで水の視点から町を眺めながら利根川まで航行。そして利根川からはチャーターしたボートで一路銚子を目指すが、その前に支流の黒部川に入り、水の街として栄えた小見川の街(写真左)で昼食。 c0068946_1337442.jpg 小見川から銚子までは、高速モーターボートで一気に下る。先を急いだのには、利根川河口堰(写真右)にある閘門が夕方5時には閉まってしまうこともあるのだが、川の道を整備するにあたっては、こういった閘門のオープン時間なども再考する必要がありそうだ。
 銚子では、漁港の岸壁(写真右下)を借りて下船。その銚子港にしても、漁船の利用しか基本的には考えられておらず、我々ものボートをつけられる場所はどこにもない。仕方なく、漁船専用の岸壁を短時間”非合法”に借りて下船するしかなかった。c0068946_13372244.jpg

 2日間にわたる江戸川~利根川の船旅。今回実際に航行してみて、川の道の復活にはまだクリアしなければならない課題が数多いことを目のあたりにした私たちだが、その一方で、これだけの資源を活用すれば、船を使ったさまざまな活動の大きな可能性を秘めていることも実感したのであった。
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by narrowboat | 2005-06-28 16:45 | 日本の運河と川 | Comments(9)

大阪の水路

 大阪の水路に風雲急(?)な動きがあるというので、出張のついでに見に行くことにした。

 日本における水路といえば東京(江戸)が有名ではあるが、江戸の水路は江戸時代になってから掘削されたもの。大阪の水路は、それに先立つ時代から存在しているのでから、こちらが先輩である。ところが現在では、東京以上(以下か?)にその存在意義が忘れ去られている。

 せっかくある水路を使わない手はない。そう考えるのは世の東西を問わない。大阪では水都OSAKAという団体などが主体となって、いろいろなイベントを仕掛けているようだ。
 が、まずは大阪の水路ネットワークを知らねば! ということで「大大阪クルーズ」に参加する。大大阪クルーズとは、ダイビルにオープンした喫茶店「大大阪」をプロデュースするアート&クラフトのYさんが船長となって運航している小型ボートのクルーズのことで、中ノ島の堂島川から東横堀川を南下し道頓堀川、そして木津川を北上してスタート地点の中ノ島に帰ってくる約1時間半の旅だ。

 当日、夕方まで名古屋で仕事があったカナルマニアは、新幹線に飛び乗って大阪へ。在阪の友人Yさんとその友人2名、計3名と共に堂島川にかかる水晶橋でYさんを待った。
 指定された集合時刻を少し回ったとき、川の向こうからライトを照射しながらボートがやってきた。Yさんの操縦するRobbia号だ。c0027849_19581368.jpg

 桟橋から乗船し、早速出航する。
 まず堂島川から東横堀川にかけては、東京と同じく高架道路が川面を覆い、圧迫された感じだ。河岸も高い堤防に阻まれ、外の様子を知る由もない。
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 しかし道頓堀川に入ると様相は一変する。特に「ひっかけ橋」とも呼ばれる戎橋周囲は、最近になって川にかなり近い高さに遊歩道が設置され、かつてのドブ川的なイメージから完全に脱却した。このクルーズは夜なので、ネオンサインに照らされた道頓堀川を下から見上げるという、これまででは考えられないレアな体験ができるのだ。
 そこから先、なんばに完成したのが湊町リバープレイス。ここにも大きな桟橋があり、「なにわ探検クルーズ」の発着点になっている。c0027849_1959196.jpg

 クルーズは、道頓堀川と尻無川、そして木津川が交差する四差路を右折し、大阪ドームを左手にみながら北上する。このあたりは周囲が暗いが、再び中ノ島を見るあたり、堂島川と土佐堀川の分岐点には大きなはしけなどが係留されており、まさに『泥の河』を髣髴とさせる風景である。ちなみに対岸は大阪中央卸売市場で、築地と同じく、おいしいすし屋さんなどが軒を並べているそうだ。

 水晶橋に戻ったあとも、Yさんの計らいで大阪城などの見学もさせてもらえたわたしたち。それにしてもYさん、観光ガイドでもないのに水辺に何があるのか、知り尽くしている。彼女は勉強したわけではなく、自分で興味を持って調査しているうちに、自然に頭に入ったのだそうだ。丸暗記ではない、有機的な解説は、彼女が体で感じた大阪の水辺そのものなのである。

 大大阪クルーズは現在、毎週金曜日の19:00と20:30の2回出航している。1艘12000円。ちょっと高いような気はするが、4人で使えば1人3000円だ。別にうまくもない居酒屋でも1人3000円などすぐ、そして道頓堀の夜景を考えれば、この料金は至極妥当だと思う。
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by narrowboat | 2005-06-08 20:00 | 日本の運河と川 | Comments(3)