イギリスの運河ではナローボートという船を借りて、誰でも免許なしでクルーズが楽しめる。『英国運河の旅』、『イギリス式極楽水上生活』、『イギリス水辺の旅』の著者が具体的な旅のノウハウを伝授します。


by narrowboat
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こちらのブログで記事にした東急線の1日券を使って横浜まで足を延ばし、
ポートサイド公園で休憩していたら、目の前を「シーバス」が通っていきました。
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横浜駅東口、ショッピングモール「ベイクォーター」にある桟橋と山下公園を結ぶボート。

ネットの地図では河川(運河)の名称が確認できないのですが、
横浜駅からいくつかの水路を通って海に出て、山下公園まで行っています。

昔、何度か利用したことがありますが、今回は見るだけ。
結構本数があるようで、公園の前を何度も行き来していました。


満席、とまではいきませんが、お客さんも結構いまいしたね。
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やはり外国人観光客が多いようです。

イギリスと違って、日本には内陸水路Inland Waterwaysが少ないですが、
東京の水上バスもしかり、海と川の間を往復する路線が少なからずあります。

ところでこの「シーバス」ですが、
英語の綴りはSea BusではなくてSea Bass
つまり魚のスズキなんですね。
なんでBusじゃないのか? ネットでちょっと調べただけではわかりませんでしたが、
おそらくBusだと直球過ぎるので、このあたりに棲んでいる(と思われる)スズキにしたのではないかと。
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# by narrowboat | 2016-08-10 09:43 | 日本の運河と川 | Comments(0)
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八丈島に家族がいる関係で、頻繁に利用している東海汽船の「橘丸」ですが、
レストランに朝食メニューができていました。

これまで、いわゆる「モーニングセット」的なものはなく、
トーストとコーヒーを別々に注文する、
またはそば、うどん類を食べるしかなかったのですけど、
トーストが400円、コーヒーが300円で計700円というのは、
ちと高すぎます。

が、この6月下旬に利用したときに、初めて500円の朝食メニューを発見。

内容は、ご飯、味噌汁、アジのフライという和食コンビ。
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カウンターで待つこと数分、トレイに載った食事が出てきました。

船の厨房なんてシンプルだから、アジフライは出来合いだろうな、
と期待していなかったのですが、奥のほうからはフライヤーの音が響いていましたので、
注文を聞いてから揚げているのだと思います。

実際、口にしてみると、かなりの熱々。
アジも肉厚、衣も肉厚(笑)
ダイエターには、もう少し衣が薄いほうがありがたくはありますが、
500円という価格でのお得感はバッチリです。

ついでなら、同じ価格でコーヒー+卵+コーヒー程度の洋食メニューもやってほしいですね。

残念だったのは、後日また「橘丸」に乗った時、
この朝食メニューがまったく同じだったこと。
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偶然だったのかもしれませんが、アジフライ以外のメニューもあるんでしょうかね?
材料の用意の関係で難しいかもしれませんが、いくつかのバリエーションがほしいところ。
そうすれば、次回の乗船も楽しみになります。
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# by narrowboat | 2016-08-08 11:07 | 日本の運河と川 | Comments(0)
明治時代、東京の両国や高橋と千葉の銚子を結んでいた蒸気船、
「通運丸」の記事は何度か記事にしましたが、
その航路のうち、様子がよくわからなかった「新川」を見てきました。

「通運丸」の一般的なルートは、
両国(高橋)~小名木川~江戸川~利根運河(開通前は関宿経由)~利根川~銚子
と記述されたものが散見されます。

しかし、小名木川は隅田川と荒川を東西に結ぶ運河ですので、
荒川より先、江戸川までさらに東進しなくてはなりません。

その水路が新川というわけです。

こちらの情報によれば、元々このあたりには自然河川が存在していましたが、
船の航行には不便だったため、流路を直線化、
すなわち「運河」建設工事を行ったのだとか。

その命を出したのは徳川家康。
家康による小名木川の掘削は知っていましたが、
この新川もほぼ同時に開通したようです。

家康は、カナル・プロモーター&ビルダーとして、
もっと注目されてもよい人物なんじゃないでしょうか。


今回は、都営新宿線の船堀駅で下車し、徒歩で新川へ向かいました。
駅前の大通りを南下すると「宇喜田橋」で新川とクロスします。
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ウキタと言えば、関が原の合戦で秀吉側に最後までついたのが災いして
八丈島に流刑された宇喜多秀家を思い出させますが、
この記事によると、直接関係はないようです。

川辺に下りると、両岸に遊歩道が設置されていました。
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所々にある案内図。
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川沿いには桜が植樹されていて、花見シーズンは賑わうんでしょうね。

ところで「船堀」というのは、運河ファンには聞き捨てならない(笑)名前です。
新川も、昔は船堀川と呼ばれていたそう。

宇喜田橋から川の西端の出入口まで歩いていくと、船のオブジェが現れます。
まず「通運丸」。
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「通船」と呼ばれていた定期船。
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「通運丸」に比べると小型?
東京~銚子間を、時に夜通しで走った「通運丸」に対して、
比較的短距離に就航していたようです。
時期的にも、「通運丸」より遅い大正時代、
鉄道がどんどん開通して、長距離の「通運丸」の客足が減ってからのことでしょう。

「高瀬舟」は、江戸時代から使用されていた小型の貨物船。
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これらの船と新川の歴史が、この碑に刻まれていました。
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徒歩10分ほどで「西水門」に到着。
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残念ながら、水門はすでに取り壊されていて、
このような注排水施設があるのみ。
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もちろん、江戸川との間の船の出入りもできません。
かつてはここに水門があったのですが、もっぱら地盤沈下を抑えるために水位の調整をするのが目的で、
船の利用は想定していなかったようです。

こちらが、在りし日の西水門の写真。
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水門の一部が、モニュメントとして残されています。
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広場にある火の見櫓。
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当時、こんな櫓がここにあったわけではなく、
お江戸の雰囲気を出すために近年建築されたものでしょう。
本来、ここは江戸川とのジャンクションですから、
灯台のようなものがあってもおかしくはないですが、
江戸時代、そして明治、大正と、航路標識のようなものがあったのかどうかは不明です。

週末には火の見櫓の見学も可能です。
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水門の外側、荒川沿いには警視庁湾岸警察署の派出所がありました。

湾岸署は、警視庁の中で唯一船を所有する水上安全課があるそうです。
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ジャンクションに派出所とは、まるで「船番所」みたいですが、
ここに立地しているのは、単なる偶然なのかもしれません。
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ここで突然の豪雨に見舞われましたが、
小止みになったところで、新川沿いを東へ、
すなわち江戸川方面に歩きます。

川にせり出したテラス。
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歩行者と自転車専用の木製の橋も多いです。
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川の下を駐車場として利用している所も。
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遊歩道の植物は、パブリックスペースなのか、個人の庭なのか、
すでに混ざり合っているようです。
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植樹された桜も、ソメイヨシノだけではありません。
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昔、桜の記事を雑誌で書いたことがあるのですが、日本の桜は、秋の一時期を除いて何かしらの種類が開花しているので、新川では1年を通して花見ができるのかも。


新川の遊歩道は約3kmありますが、
そのほぼ中間点にあるのが「新川さくら館」
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中にはカフェもあって、さくらのケーキとコーヒーのセットをいただきました。
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こういう施設を区営(おそらく)で設置するとは、江戸川区もなかなかやります。
30分ほど休憩して、再び川の旅を続けます。

この東屋は、目的は不明ですが、単なる休憩所のようです。
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さきほどほめたばかりの江戸川区ですが、
こんなに短い利用時間とは、お役所的でいただけません。
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もっとも、時間が来たらどうやって閉鎖するのか、よくわかりません。

船が着けそうな階段。
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春の花見の時期など、船が出るのでしょうか。

カモもここを住処にしているようです。
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この橋は、上面が広場になっている「花見橋」で、そのネーミングから、
おそらく花見のシーズンにはイベントなんかが開催されるのではないでしょうか。
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橋下のクリアランスがとても低く、船が通過できそうもないのが残念。

終点の東水門の手前にある新川口橋が見えてきました。
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水門の向こう、江戸川からは轟音を立てて水が流れ込んできていますが、
西水門と同様、船の出入りはできません。

新川口橋の上の児童公園には、こんな立札がありました。
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このあたりで梨が栽培されていたとは。

写真ではよくわかりませんが、東水門の内側は屋形船の船溜りになっていました。
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江戸川側から水門を撮影。
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航路としてはすでに「死んでいる」新川ですが、
閉ざされた水路だからこそ、もっと船を使った遊びが通年で行われていてもよさそうな気もしました。
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# by narrowboat | 2016-08-02 22:30 | 日本の運河と川 | Comments(0)

亀島川河口付近の係留所

知人のカメラマンの写真展に行く途中、
亀島川にかかる高橋から係留所を撮影しました。
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鉄道駅で言うと八丁堀付近、
このあたりはよく飲みに来るエリアなのですが、
夜は川面を見ることもなく、赤ちょうちんに吸い寄せられてしまう次第でして(笑)

対岸には広い遊歩道も設置されています。
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下の写真の奥に見えるのが南高橋、
そのさらに向こうが隅田川なのですが、
そこまで遊歩道が連続していないのが残念です。c0027849_1555254.jpg

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# by narrowboat | 2016-08-02 15:55 | 日本の運河と川 | Comments(0)

筑後川の鵜飼舟

今年3月のことになりますが、福岡県に仕事で行った折、
原鶴温泉で鵜飼の船を見かけました。
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その時はシーズン前でしたが、ちょうど今頃はやっているようですね。

こうやって2艘並べて双胴船みたいにした舟は、
観光客を乗せるためのものでしょうか。
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鳥を使って魚を獲らせる、なんて日本ならではの漁法かもしれませんが、
イギリスなんかだと、動物保護の観点から異論が出るかもしれませんね。
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# by narrowboat | 2016-07-01 10:15 | 日本の運河と川 | Comments(0)
東京・代官山にあるボーネルンドのショップに行ったら、
「アクアプレイ」用の赤いボートが目に入りました。
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よく見ると、これは消防艇ですよね。
しかも車輪付きということは水陸両用?

売り場には、車輪付きとなしの2タイプがありましたが、
どちらも、水鉄砲と同じ仕組みで放水もできる優れものです。

消防艇は限定アイテムとかで、
「出るとすぐ売り切れになります」
という店員さんの脅し(笑)に屈し、衝動買いしてしまいました。

お店の外には水路もディスプレイされていて、
子供たちの格好の遊び場に。
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水遊びが楽しくなる季節まで、あと少し!
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# by narrowboat | 2016-06-28 20:44 | 雑感 | Comments(0)
先日、東南アジア方面へ取材旅行に行ったのですが、
その時にアンダートン・ボートリフトのTシャツを着て行き、
現地で処分してきました。
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アンダートン・ボートリフトAnderton Boat Liftとは、
船を水に浮かせたまま上下させるエレベーター。

トレント&マージー運河Trent & Mersey Canalとウィーバー川River Weaverの間、
高さの異なる2つの水路の間に設置されて、
ボートを天地に移動させます。

1875年に完成、1983年に運転を停止したものの、
再開を願う人々の手によって、2002年に再び運転を開始しました。

このTシャツは、再開運動中にアンダートンを訪れた折に購入したもの。
購入代金の一部がレストア(修復)の費用に充てられるということで、
寄付のつもりで買ったものです。

イギリスは、こういう民間の寄付行為が浸透しているので、
細々でも長々と寄付を募り、ついには再開にこぎつけることができたのでしょう。

その総額は700万ポンド、
1ポンド150円換算で10億5000万円といいますから、
イギリスのチャリティ・パワーには驚かされます。

Tシャツを入手したのは、おそらく2001年くらいだと思いますが、
かなり着たので、もうボロボロ。

この写真をもって思い出に代えることにしました。
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# by narrowboat | 2016-06-27 22:39 | 英国運河とナローボートの旅 | Comments(0)
日本の岡崎選手が所属するチーム、レスター・シティがプレミアリーグで優勝を果たしました。
このニュースは日本でもかなり取り上げられたので、ほとんどの方がご存じのはずですが、
レスターといえば、2003年、私たちがナローボートで立ち寄った街でもあります。

グランドユニオン運河は言わすと知れた運河の大幹線ですが、
ロンドンから北上すると、ブローンストンBraunstonという街で2つに分岐。
西に向かえばバーミンガムへと続く「本線」になり、
そのままほぼ北上すると、レスター・セクションLeicester Sectionという支線に入ります。

本線のほうはブロード・カナル、
すなわちナローボートが2艘並んで(または1艘分が2つ)入るロックになっているのですけど、
レスター・セクションのほうはナロー・カナル、
1艘分の幅しかありません。

そのため、ボートのすれ違いには時間がかかるのですが、
フォックストン・ロックFoxton Locksなど、
フォトジェニックで名所にもなっているロックがいくつか存在しています。

レスター・セクションを進んでいくと、何やら工場地帯のような風景が現れます。
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街が近づいてくる予感がしますね。
このあたりの連続S字カーブを越えると、
なにやら未来的な建造物が対岸に見えてきました。
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これがレスター・シティのホームスタジアムです。
(現在はスポンサーの名前を採って「キンングパワー・スタジアム」というそうですが、当時はおそらく違ったでしょう)

運河はレスターの街のほぼ中心部を通っていて、
ムーアリング(係留所)も便利な所にあります。
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こういう街中のムーアリングは、バンダリズム(破壊行為)がままあるのが心配ですが、
扉はBWキー(運河の施設を利用できる鍵)でロックされているので、ある程度は安心できます。
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私たちはここで、昼食がてら散歩することにしました。
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街の真ん中には、大きなマーケットが。
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品物も豊富です。
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ロンドンとイングランド北部を結ぶ高速道路の中継点でもあり、
物流事情がよいせいか、魚介類も豊富でした。c0027849_11542421.jpg


レスターは積極的に移民を受け入れている街で、
特にインドなど南アジア系の住民の割合がかなり高く、
おかげでランチはおいしいインド料理で決まりです。
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その一方で「イングランドらしい」街並みも見かけました。
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ナローボートに戻ってみると、
運河とレスターの街のコントラストもなかなかよいことに気が付きます。
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それにしてもレスターの英語の綴り、
Leicester
って、なかなか読めませんよね。

ほかにもグロスターGloucesterなど、
悩ましい「スター」のスペリングがイギリス各地に存在しています。

岡崎選手の活躍のおかげで、
またナローボートでレスターに行ってみたくなりました。
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# by narrowboat | 2016-05-23 12:03 | 2003年レスター・リング | Comments(0)
かなり前に品川の物流博物館で購入した「通運丸」のペーパーモデルが、
まだ手を付けられていなかったことを発見し、細々ながら製作を開始。
先日、ようやく完成しました。
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「通運丸」は、1877年(明治10年)に初めて進水した旅客船で、
第一号は東京の両国と千葉の銚子の間に就航、
その後、42号まで生産され、おもに東京と千葉の間を結んでいました。

両国から銚子までのルートは、
隅田川から小名木川、旧中川を横切って荒川に出ます。
荒川を横切るように進むと、今度は船堀川(新川)を使って江戸川へ。

江戸川を北上して、銚子に至る利根川に入るには関宿が分岐点なのですが、
1890年(明治23年)に利根運河が開通すると、大幅なショートカットが可能になりました。

当時は夜行船もあったようで、
利根運河の河岸には船宿が並び、置屋もたいそう繁盛したそうです。

しかし、ほどなく鉄道(現在の総武線)が開通すると、
船の需要は減退して、最終的にはすべて姿を消してしまいます。


話が「通運丸」の歴史になってしましましたが、
今回製作したこのペーパーモデルは、外輪のカバーが2種類用意されていて、
ひとつが「通運丸」、もうひとつが「銚港丸」です。
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「銚港丸」というのは、千葉県の木下(きおろし)をベースにする吉岡家が所有していた船で、
木下~銚子間を往復していたそうです。

船型がまったく同じということは、
おそらく同じ造船所で造られたものなのでしょう。

モデルをなんで「銚港丸」にしたかというと、
単にカバーのデザインがかっこよかったからです(笑)。


それにしてもこのペーパーモデル、
切る部分がやたら細かく、張り合わせも難儀で、
自他ともに不器用を認める私には苦行でした。

なんとか完成まではいったのですけど、
最後の組み立てになって、その外輪カバーのラインがずれていることが判明。
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ここまで行っちゃうともう修正不可能なので、
自らを笑い倒して諦めます。

それにしても、こんな内水航路が明治時代にあって、
東京周辺に「運河時代」が存在していたとは。

もう10年以上前ですが、「通運丸」のルートを小型ボートで旅した記録はこちら
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# by narrowboat | 2016-05-07 15:19 | 日本の運河と川 | Comments(0)
八丈島の漁港に行ってみると、一風変わった船をよく見かけます。
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船体の横に付いた「アウトリガー」。
これは船を安定させるためのフロートで、
カヌーなどに使われていることは知っていましたが、
漁船に、というのはここが初めてです。

聞いたところによると、
その昔、南太平洋の島々と伊豆・小笠原諸島には交流があって、
彼らが好んで使うアウトリガーが伝わったのだとか。

交流まではいかなくても、
台風などで流れ着いた南太平洋のボートを地元の人が発見して、
コピーして作ったことは十分に考えられます。
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# by narrowboat | 2016-01-22 20:52 | 雑感 | Comments(0)