見沼通船堀ロック実演
2014年 08月 29日
埼玉県にある見沼通船堀閘門(ロック)の実演を見てきました。
ロックそのものは2011年に訪問してこの記事を書いていますが、
年に1度だけ、船を浮かべた実演が開催されます。
いつも終わってから知ることが多いので、今回はラッキーでした。
見沼通船堀のパンフレットによると、
通船堀を含む水路「見沼代用水」が建設されたのは徳川吉宗の治世で、
幕府の財政再建のために開発された新田に水を供給するため、
この用水路が必要だったわけです。
つまり、これは運河としてではなく、農業用水路として造られたわけですが、
せっかくなので(?)、船も通そうということになり、
ロックが必要になりました。
実演当日、JR東浦和駅からロックまで歩いていきます。
「雨天中止」となっていますが、霧雨程度だったこともあって、
決行されましたね。
現地に到着すると、小雨の中、かなり多くの人が集まっていました。
ロックは、芝川を挟んで「東縁」「西縁」の2ヶ所あって、
実演が行われるのは東縁のほう。
また、ボトムゲート(下流側の閘扉)を「一ノ関」、
トップゲート(上流側)を「二ノ関」と呼んでおり、
この2つのゲートの中がチャンバー(閘室)になります。
チャンバーに水を貯めるには、まずボトムゲートを閉めるわけですが、
その方法が大変ユニーク。
扉ではなく、細長い板「角落」を何枚も落とし、
積んでいくのです。
3人の人足役が、「枠抜き」という長い棒を器用に扱いながら、
板を積んでいきます。
実際にトップゲートを越えられるまでにするには、
10枚ほど積まなくてはいけないそうですけど、
実演では5枚程度だったように記憶しています。
船が通れるほどの深さになりました。
実際は、もっと水を貯めて、トップゲートから出て行くはずですが、
そこまでやると果てしない時間がかかるそうなので、
船が行き来できる程度で実演は終了。
ここまででも30分近くかかったと思いますから、
江戸時代の当時は、通過に何時間もかかったのでしょう。
最後には、ここで歌い継がれている船歌も披露されました。
ついでながら、こちらが西縁。
ロックの通船を差配していたのが運河沿いに建つ鈴木家で、
その中も公開されています。
実演で使われていた船は、普段はこちらの艇庫に納められています。
願わくは、ちゃんとロック通過までやってほしかったですが、
時間の問題もありますし、難しいのでしょうね。