イギリスの運河ではナローボートという船を借りて、誰でも免許なしでクルーズが楽しめる。『英国運河の旅』、『イギリス式極楽水上生活』、『イギリス水辺の旅』の著者が具体的な旅のノウハウを伝授します。


by narrowboat
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運河と再開発:リアルな歴史とストーリー性

「汽笛一斉新橋を」

で始まる『鉄道唱歌』。その当時の新橋とは、現在の東京・汐留にあたる。旧国鉄の大貨物基地が置かれた汐留は今、巨大なビル群が林立するウォーターフロント開発地区として観光名所にもなっている。

使われなくなった産業用地の再開発、特にウォーターフロントおける開発に注目が集まっているのは日本だけではない。イギリスでも、水辺の工場や倉庫の跡地をオフィスビルや住宅、ショッピングセンターなどに活用しようという動きが盛んだ。

イギリスのウォーターフロント開発は、“鉄の女”マーガレット・サッチャーが1979年に首相の座に就くやいなや始まった。彼女のやり方は、民間資本による旧工業地域の活性化。「特区」を設定して「民活」を利用する、日本流に言えばこんな感じになる。

いちばんよく知られているウォーターフロントの再開発は、ロンドンの東にあるドックランズ地区である。テムズ川に面したこのエリアにあったドックが閉鎖された後、サッチャー氏の指導の下で国家規模の大再開発が実施され、ショップやアトリエが入居。今ではどんな観光ガイドブックにも掲載されている場所になった。

ドックランズの再開発はコストも費用も例外的にでかいのだが、地方都市ではもっと小さい規模でウォーターフロントのプロジェクトが実施されている。その基軸になっているのが運河なのだ。

元はいとえば産業用に造られたのだから、町中に運河があるのは工業地帯と決まっている。だが工場や倉庫が出て行ってしまったその場所は荒れ放題。人々が恐れをなして近づこうとしない危険な場所になっていた。このように町の中心が空洞化する状況を「インナーシティ問題」というが、工業で栄えたイギリス中部や北部の町ではどこも同じ問題を抱えていたのである。

中でもミッドランズ(イギリス中部)の中心都市バーミンガムは、運河を軸に使った再開発が成功した例として注目されている場所である。毛細血管のように入り組んだ運河ネットワークは、まさにベニスそのもの。ロンドンにリトルベニスという運河の名所があるが、「ベニス」という称号を付けるべきはバーミンガム、と言っていいくらいである。
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ジェームズ・ワットの蒸気機関が生まれたバーミンガムも、イギリスの工業力の衰えとともにインナーシティ問題に悩まされるようになっていた。だがロンドンに次ぐ規模の美術館や博物館、そして幕張メッセのような大国際展示場を誘致し、足元を流れる運河とその周辺をドラマチックに生まれ変わらせることに成功した。

その結果、バーミンガムの中心は鉄道駅の周辺ではなく運河の周辺に移った。メインストリートの「ガス通り」が架かる橋の上から見渡せるのは「ブリンドリーズ・プレイス」と呼ばれる再開発エリア。イギリスで初めて運河建設を手がけたエンジニア、ジェームズ・ブリンドリーの名前を冠したこの場所にはパブ、レストラン、ショッピングモールなどが入居し、週末ともなれば夜中まで人々の姿が絶えない。ところがその外観は赤茶色のレンガで統一され、運河にその姿を映すその風景は、まるで産業革命華やかな頃の町そのもの。そして運河にはもちろん「リアル」なナローボート、これも200年前と同じ姿で行き来しているのだ。

工業都市ではバーミンガムと並んでその名を知られているマンチェスターでも、同じような再開発が実施されている。「キャッスルフィールド」というその場所は、元々ロッチデール運河とアシュトン運河の間にある積み替え港だった。運河交通が衰退後、バーミンガムと同じように放置されていたのだが、スポーツセンターやパブなどを誘致して再開発、今では若者の最先端スポットになっている。私もキャッスルフィールドのパブに行ったことがあるが、暑かったこともあって、ちょっとポッシュ(きどった)な若者が運河に面したデッキでビール片手に涼んでいた。

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蛇足だが、マンチェスターで泊まるなら、ここキャッスルフィールドにあるユースホステルがおすすめ。運河を見渡せる最高のロケーションで朝食はバイキング、それでいてユースホステル料金なのだから、これに勝るユースホステルは世界中探してもほかにないと私は思っている。

マンチェスターではもう1ヶ所、「サルフォード/トラフォード」地区でも大きな再開発が見られる。市内から路面電車で行くと車窓から広大な水辺が見えてくるとその場所がサルフォード、その対岸がトラフォードだ。ここはリバプールとマンチェスターを結ぶマンチェスター船舶運河の一大基地があったが、舟運の衰退で再開発された。現在はアウトレットが売り物ショッピングモール、シネマコンプレックスなどが入居していて、週末にはマンチェスター市民が大挙して遊びにやって来る人気スポットになった。またトラフォードの側に見えるスタジアムは、イングランド・プレミアリーグの常勝チーム「マンチェスター・ユナイテッド」の本拠地だ。

運河周辺の再開発ではほかに、北部リーズの「グラナリーワーフ」、同じ北部シェフィールドの「ビクトリアキーズ」などがある。これらの再開発プロジェクトが評価されているのは、運河と一体となって整備された結果、町の歴史を映し出すテーマパークとなりえたことだ。レンガ造りの雰囲気を持つ低層の建物群は200年前からタイムスリップしてきた「リアル」な町並みを思わせ、そこに歴史の息吹を感じるのである。

日本のウォーターフロント再開発は、その地域の歴史や個性を無視した大規模なプロジェクトになる傾向がどうしても強い。冒頭に出した汐留もそのいい例だが、背の高い建物を水辺に置くだけではウォーターフロントである意味はなく、そこに出現するのは「プラスチック」な町並みにすぎない。


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最後にロンドンに戻り、オープンしたばかりのパディントン港を紹介しておこう。鉄道のパディントン駅のすぐ裏側にあった広い貨物港で、ここも再開発で職住兼用のビルが港といっしょに整備された。水辺のアパートに住んで、週末はその下に置いたマイボートでロンドンの水上散歩を満喫し、日が傾いたら港のオシャレなレストランでディナー。そんなウォーターサイドライフが、まもなくこのパディントンで始まろうとしている。



もっと詳しく知りたい方は『英国運河の旅』をどうぞ!

☆発行者 カナルマニアHP
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by narrowboat | 2006-03-27 13:49 | エッセイ | Comments(0)