文章で生業を立てている私たちはそのことに人一倍留意するべきなのですが、
それでも、出版されてから「しまった!」と青くなったり、
ほかの人から指摘されたりすることは数え切れません。
図書館で見つけたこちらの本に、気になる記述を見つけました。
江國まゆ(2010)『歩いてまわる小さなロンドン』大和書房
ロンドンは、テムズ河からの支流を利用したたくさんの運河が張り巡らされた街です。(P.138)
ツッコミ所は、ロンドンには「たくさん」運河があるのか?
「たくさん」とはどれくらなのか、人によって了見はいろいろでしょうが、
実質的にリージェンツ運河しかないのに、
この表現はいささかオーバーなような気がします。
リージェンツ運河のほかにもリー・ナビゲーションLea Navigationとかもありますが・・・・・。
これがバーミンガムやマンチェスターだったらわかるのですけど、ね。
そのリージェンツ運河、水源はテムズ川なのでしょうか?
運河は、どこかしらから引水しないと機能しませんが、
イギリスの場合、それは必ずしも自然河川からではありません。
ポンプで水をくみ上げる「ポンプハウス」を使う場合もありますし、
貯水池(リザボア)を作って水を供給することもあります。
もっとも、昨年7月にリージェンツ運河を自転車で完走したときには、
小さな川が接続している場所を何ヶ所か見ました。
その川がテムズ支流などかどうかはわかりませんが、
少なくとも一部ではテムズから水をもらっているのでしょう。
この写真は、ブレントフォードBrentfordに近い場所。
右側がリージェンツ運河で、左側にオーバーフローが流れ出しています。
ということは、逆に運河から川に水が流れているということ・・・・・?
まあ、いずれも重箱の隅をつつくツッコミですが。
本全体としては、いわゆる「女子旅」ものになっていて、
「かわいさ」を主眼にした店やレストランが数多く紹介されています。
でも、なぜそこにナローボートや運河のページも入ってきたのか?
ちょっと不思議ではあります。
イギリスが誇る豪華客船であり、
あの大ヒット映画についてここで改めて述べる話でもないですが、
この船が建造されたのは、ブリテン島ではなく、
北アイルランドのベルファストだということはあまり知られていません。
映画の中で出てきた模型(CG?)には、
船尾に「リバプール」という文字が描かれていたので、
私はてっきりリバプールで建造されたものだと勘違いしていました。
ネットで調べた情報によれば、
「タイタニック」は1911年に進水、
ベルファストからブリテン島のサザンプトンにフェリーされます。
そして1912年4月10日、処女航海に出航。
まずフランスのシェルブールに寄港し、次に寄ったのがアイルランド南部のコーブCobhという町。
「タイタニック」の乗客が陸地を見たのは、それが最後となりました。
レオナルド・デカプリオ演じる青年ジャックが「タイタニック」のに乗り込み、
船底の3等船室でほかの乗客たちと踊りまくるシーンは印象的ですが、
ジャックをはじめとした彼らこそ、
故郷の貧困に耐えられず、
新天地アメリカに一途の希望を見出そうと乗船したアイルランド人たちでした。
そう、ちょっと知っている方なら、
あのシーンで演じられているのが、
いわゆる「アイリッシュ・ミュージュック」であることがすぐにわかったはずです。
「タイタニック」に乗った彼らの多くは、
その希望の端に手をかけることもなく、
大西洋の藻屑となる運命が待っていました。
しかしアイルランドからアメリカには大量の移民が渡っています。
第35代アメリカ大統領J.F.ケネディがそのアイルランド移民の子孫であることは有名ですが、
たとえばニューヨークにはコーナーごとにアイリッシュ・パブがあり、
本国以上に盛大だと言われる「セント・パトリックスの日」にも、
アメリカにおけるアイリッシュ・パワーを見ることができるでしょう。
アメリカだけでなく、アイルランド移民は世界中に散らばっており、
その血を受け次ぐ数は本国の人口の数倍とか、数十倍とか言われています。
さて、その「タイタニック」。
来年2012年は就航100周年に当たります。
もちろん、それは沈没100周年ということでもあるのですが。
アイルランドではこれを記念して、
「タイタニックの故郷」を大きく打ち出し、
観光客の誘致に力を入れるそうです。
ちなみに映画『タイタニック』のほうも、
今年中にはいま流行の3D版が公開されるという噂です。
あのブームがまたやってくれば、
ナローボートの舳先で手を広げる人が増えるかもしれませんね。
くれぐれも大西洋、ではなく運河の底に消えないよう、お気をつけて。